2007.05.12 社長のブログ6:2つの演奏会評
最近の音楽会2つの独眼流批評。
まず、弊社の関連する音楽会に関して、このHP上での対応の悪さを、責任者である私が批判しても始まらない。私の仕事として、最近の円安とか、ドイツ会社の問題とか、どうしても優先してそこまで、気が回らない。これも私の能力の限界、とご理解いただき勘弁願いましょう。
さて、遅ればせながら今日のテーマは、4月21日の大澤美穂さんの東京都庭園美術館の演奏会と、4月28日の住友郁治氏の東京文化会館小ホールの演奏会についてである。
大澤さんのコンサートは、「プレイエル190」で弾いていただいたのだ。まず、ピアノをステージでなく、聴衆と同じ平面で、しかも、長方形の長い辺の中央に置いたことが、大変良かった。これはヨーロッパではごく当たり前の、[サロン]を連想するからである。
日本の演奏会の歴史は、残念ながら[演壇]から始まっている。だから私がいつも主張する「ピアノの演奏に”遊び“が無くなってしまった」という主張にも通じる。ボンのベートーヴェンの生家の隣のカンマーザールを想定していただけばよい。そこにはステージなるものはない。
さて、ショパンプログラムの前半の演奏はともかく、後半に入って、“なるほど、ショパンは、プレイエルのなんともいえない繊細な音が、気に入っただろうな!“と感じられる音が、随所に現れてきた。私は、2年前にパリで、ショパンが生きていた当時のピアノで聴いた音が彷彿とした。(パリでの翌日、ジョルジュサンドのノアンの館で、やはり当時のエラールで、同じピアニストの演奏があり、音の対比は、歴然と記憶に残った=職業柄か、結構自分でも良く残っているものとびっくりした。) つまり、大澤さんの演奏が良かった、ということになる。そして演奏会終了後、「プレイエル」をほめてくださった大澤さんの説明も、なんとなくつたなくて、それが会場の暖かい雰囲気をいっそう、盛り上げた。“ああ、日曜のいい午後だった!”といえる楽しい演奏会であった。
次は、文化会館小ホールで、当日券を求めてきた知人が、“小ホールでこんなに行列が出来るのは最近見たことがない!”というほどの盛況で、その方はあきらめて帰ろうとされた。私の切符の持分もまだ残ってはいるので、ダメならなんとか入れてあげますから、といってお引止めして、聴いていただいた。
この演奏会には、ベヒシュタインのフルコンを貸し出したのであるが、“国立のホープ”の名に恥じないエネルギッシュでしかもピアニシモがきれいに出る、ドイツ人的な演奏であった。特にリスト、ベートーヴェンはすばらしい演奏であった。
最近読んだ本で、“ベートーヴェンは、実は、ピアニシモの作曲家(私は、「演奏家」と書きたいのだが)だったのではないか“というクダリは説得力のある文章であった。当時のフォルテピアノ製作者に音量を要求したベートーヴェンの力強い演奏と、音が弱い、繊細、敏感、という意味でのピアノのタッチによる、音色の変化、つまりは、ピアノ曲の中で、その小節に想定されたいろんな、楽器の音、を見事に使い分けての、演奏であった。超満員の聴衆は満足であったであろう。
最近の、ベヒシュタインの設計意図は、このベートーヴェンの要求した音量と繊細さ(ベヒシュタインは、音の色彩感という)と一致する。大雑把に言えば,シュトライヒャーが、ベートーヴェンの要求に応えて晩年に提供した73鍵のフォルテピアノの設計思想である。つまりエラール→スタインウェイという音量追求の流れに、追いつけ追い越せということで、この演奏を聴いて、この目的はずいぶん達せられたな、と実感した。会場にお越しの方も大方、こういう満足げな表情で帰られた。私どもからすると、“住友先生、さま様”でよく、こういうピアノの能力を引き出してくださった、という感謝の演奏会であった。
有名でもつまらない演奏会よりも、こういう何かのヒントの得られる個性的な演奏会に是非沢山の方に訪れて欲しい。数少ないベヒシュタインのあるホールは、たいていの場合、購入を担当された役所の方は、大方の反対に逆らって、何かにこだわって選定いただいた場合が多い。
ピアニストも何か、意図するものがあってベヒシュタインとか、普通のホールにないピアノを弾かれる場合が多いと思うので、多分演奏の中に、何かのヒントがあるはずである。こういうことを、独眼流の私が述べても、意味がないので、どうぞ、ピアニストの方、この観点から、ご自分で確かめていただきたい。(東京・千歳烏山のショールームでは、どれでも新品が自由に弾ける)
東京に限らず、演奏会案内は、当HPより、ピアノのブランドをクリックして、演奏会予定など、をご覧いただきたい。
この意味で、今のベヒシュタインは、現存するどのピアノメーカーより、面白いと自信を持って言えるし、プレイエルもどこかで、設計思想が引き継がれていると思うと、こんないい演奏をまた、聴きたいと思う。
参考資料:「ピアノはいつピアノになったか」大阪大学出版会。伊藤信宏編。
この中の、258ページからの、[プレイエルとショパン]の記述も面白い。

