悩む調律師

2007年5月9日(水)

プレイエルの19世紀前半のフォルテピアノを調整しながら、並行して通常の仕事をこなすという、自分にとって少し特殊な機会になったこの数日間は、ピアノ製作と経済行為の関係について再考するきっかけになった。

Pleyel fp Zarge

近代のピアノ製造は、ドイツの高級ブランドと言えど、企業が生き残って行く為にCNC技術を導入し、熟練の職人しかこなせなかった技をコンピューターに代行させた。
人を感動させるピアノの表現の本質である響きを生む部分、響板、支柱、側板、駒等の製造は、コンピューター技術と職人技を混合させている。
製造の工程で言えば、ピアノを弾くという芸術的な行為のインターフェイスの部分である、鍵盤とアクションの調整は、幸いな事にこれら高級ピアノの製造分野においては、今なお職人技をプライオリティーにしている。

Pleyel fp Klappe

しかし、コンピューター技術による製造は、人の試行錯誤の偶然から生まれた、若しくは、1世紀の間に数える程しか生まれない天才が創造した「見本」を元にされている部分が決して少なくなく、人がオリジナルを生むという偶然の不経済な行為を、ピアノ製造に於いて、尊重を得なくなってしまったら、この範囲での発展という物は無に等しくなり、経済行為の中での競合に勝ち残った企業”だけ”が、ピアノを「製産」していことになる。

Pleyel fp Saiten

便利という事はとても有り難い。効率向上は利潤を生む。
普通の生活の中で、安価な商品が供給される事は大変有り難い事だし、こうしてコンピューターを出張先の熊本に運び、世界の人が閲覧可能なネットワークにホテルの部屋で繋ぐことができるようになったのも、きっと経済の神様のお陰だろう。

問題なく機械がファンクションし、価格はできる限り安く、メンテナンスは経費がかからないようにできる限りフリーに、世界中何処に輸出しても機能し。。。。
しかし、反面、経済行為を追求するあまり、工夫を施したピアノを過去の物として全て博物館に入れてしまい、あるフォルムやマニュアルに基づく画一的なピアノだけを尊重するようになっていくのはあまりに愚鈍な行為だ。
しかし、その線引きは大変難しい。最後は市場(人)がそれを決めていくのか。。

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